【国宝】青井阿蘇神社 人吉球磨で最もメジャーなパワースポット

人吉球磨地域で一番のメジャースポット「青井阿蘇神社」、日本最南端の国宝です。

国宝となる前から初詣や例大祭「おくんち祭り」には、大勢の人が集まっていました。

国宝となってからは神社周辺も整備され、さらに観光地らしくなってきました。

開拓の神様

806年、現在地に創建されています。

守護神、熊本県阿蘇神社のご分霊を祀ったのが始まりといわれています。

人吉球磨地方の開拓、営み、心のよりどころとして、「あおいさん」の名で古くから親しまれてきました。

相良氏の氏神

806年、 相良氏がこの地に入国する前、 現在地に創建されています。

1198年、藤原(相良)長頼が人吉へ下行した際、相良家の氏神として再営したといわれています。

以降、相良氏によって篤く崇敬され、数度の社殿の造営、修造を受けています。

江戸時代になると、人吉藩内に250余社の総鎮守と定められています。

青井阿蘇神社と代々の相良藩主の関係は深く、この地域で疫病が流行すると、人々の平安を願って大祈願を行ったり、朝鮮出兵の際には、自らの武運長久を祈願しています。

阿蘇神社との関係

ご祭神は、神武天皇の皇孫 建磐龍命(たけいわたつのみこと)、その妃阿蘇津媛命(あそつひめのみこと)、お二人の御子 国造速甕玉神(くにのみやつこはやみかたまのみこと) の三神です。

この三神を阿蘇三神といいます。

阿蘇神社のご祭神12柱のうちの3柱になります。

青井阿蘇神社は阿蘇神社の分霊社ですが、阿蘇神社の大宮司である阿蘇氏が、戦国時代に相良氏と対立することが多かったそうです。

そのためか、阿蘇三神を祀りながらも、阿蘇神社との間で宗教上の交流はなくなり、独自の宗教的展開を図るようになったと考えられています。

文化的価値

社殿5棟は相良氏によりほぼ同時期につくられています。

そのため、統一的意匠を持ち、完成度が高いといわれています。

地方的様式を継承しつつ、桃山様式の装飾性も取入れているとの評価です。

そして、当地の社寺建築の手本となり、ひいては南九州における近世神社建築に影響を与えたとされます。

熊本県に現存する文化財として、初の国宝指定となります。

というのも、玉名郡の江田船山古墳からの出土品が、1965年(昭和40年)に一括して国宝に指定されています。

しかし、これらは出土後まもなく明治政府が買い上げたため、東京国立博物館に展示されています。

そのため、青井阿蘇神社は、熊本県に現存する初の国宝といわれているのです。

国宝

国宝となった建造物は以下の5棟です。

  • 本殿
  • 幣殿
  • 拝殿
  • 桜門

古くから文化的価値は認められていました。

1933年(昭和8年)旧国宝に指定されました。

1950年(昭和25年)国の重要文化財にしていされました。

2008年(平成20年)国宝の指定を受けました。

2015年(平成27年)日本遺産人吉球磨の構成文化財7番となっています。

桜門前の蓮池と禊橋

2017年(平成29年)国登録有形文化財となっています。

境内のクスのご神木

1958年(昭和33年)人吉市の天然記念物に指定されています。

青井大神宮

2013年(平成25年)建造物として人吉市の有形文化財に指定されています。

その他、絵画、工芸品が人吉市の有形文化財です。

摂末社(せつまつしゃ)

稲荷神社

創建は1759年です。

当時この地は、度重なる災害で疲弊しており、五穀を司る神として祀られています。

ご祭神は 宇迦之御魂神 ( うかのみたまのかみ)、大田神 (おおたのかみ)、 大宮神(おおみやのかみ)です。

宇迦之御魂神 は稲の霊で、太田神と大宮神は食物を司る神として信仰されています。

興護神社(おきもりじんじゃ)

球磨川の氾濫を鎮め、かんがいの神として水神である 闇靇神(くらおかみのかみ)を祀っています。

宮地嶽神社

家内安全と勝負の神として祀られています。

ご祭神は、 息長足比賣命(おきながたらしひめのみこと)、 勝村大神(かつむらおおかみ )、 勝頼大神(かつよりおおかみ)です。

息長足比賣命とは神功皇后(じんぐうこうごう)のことです。

神功皇后 は摂政(せっしょう)として政治の任にあたられますが、それを補佐した忠臣が、 勝村大神 と 勝頼大神 です。

もともとは、村山台地という別の場所の歓請し創建されていました。

開運の神として人吉球磨一円から厚い信仰を寄せられていました。

青井阿蘇神社境内に遷座されたのは1963年(昭和38年)のことです。

青井大神宮

右殿と左殿があります。

ご祭神は 右殿が天照皇太神(あまてらすすめおおかみ ) 左殿が豊宇氣皇太神(とようけすめおおかみ)となります。

1663年、青井阿蘇神社が神仏習合から唯一神道へ風習を改めたのちの創建されています。

青井阿蘇神社の神社改革の一環であったと考えられています。

例大祭「おくんち祭り」

旧暦9月9日、青井神社にご祭神が鎮座した日に例大祭が行われていました。

明治の改暦により、10月3日から11日にかけて一連の祭事を行うようになりました。

8日が例大祭で、9日が神幸式になります。

「赤飯、煮しめ、つぼん汁」の定番料理と、1年間の無病息災を願い、子供の頭を獅子にかんでもらう風習は現在も受け継がれています。

この「おくんち祭り」は、日本遺産人吉球磨の構成文化財43番となっています。

場所 人吉井上青井町118

おまけ

「まいてつ」の聖地なので、巡礼の際はお忘れなく。

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