南方神社(みなみかたじんじゃ)のご祭神は、長野県の諏訪大社と同神です。

本記事では、鹿児島県薩摩川内市にある、3つの南方神社について書いています。
南方神社とは?

諏訪神社は、稲荷神社と並び島津家と縁の深い神社といわれています。

島津家初代、島津忠久公が奥州藤原氏の征伐の際、諏訪神社に祈願したことによるものです。

南九州でも江戸時代までは、各社とも諏訪神社とよんでいたようですが、明治時代に入り南方神社とよばれるようになっています。

南方神社は、旧島津氏が納めていた令制国、薩摩国と大隅国(現在の鹿児島県)、そして日向国(現在の宮崎県)の各所でみつけることができます。

ご祭神である、建御名方命(たけみなかたのみこと)に、「みなみかた」の文字がはいることから、南方神社となったという説があります。

とりわけ鹿児島県には、多くの諏訪神社が分布しています。

旧川内市街だけでも、複数の南方神社が存在していますが、今回は3社を参拝しました。

高江町の南方神社

高江町の南方神社は、旧来からの細い道沿いに鳥居があり、参道がみつけにくいです。

社地自体は広く、参道の石段を登って境内へ行くことになります。

1911年(明治44年)に、志奈尾神社、熊野神社、鎮守神社、内瀬神社、宝満神社を合祀し南方神社と改称しています。

「高江町太郎太郎踊り(たろたろおどり)」は、志奈尾神社の伝統でしたが、現在は南方神社の春祭りに奉納されています。
「田打(たうち)」ともいわれ、踊りというより寸劇です。

「高江町太郎太郎踊り」は、毎年3月の第1日曜に行われます。

高江町の南方神社の旧社格は、郷社となります。

ご祭神

8柱をまつります。
建御名方命(たけみなかたのみこと) |
八坂刀売命(やさかとめのかみ) |
志那津毘古命(しなつびこのみこと) |
大地主命(おおとこぬしのみこと) |
志那津毘売命(しなつびめのみこと) |
大山祇神(おおやまづみのみこと) |
素戔嗚尊(すさのおのみこと) |
大国主命(おおくにぬしのみこと) |

湯島町の南方神社

湯島町の南方神社は、川内川沿いにある神社です。

川内川に向かって立つ、並立鳥居で有名です。

諏訪大社は上社と下社があり、勧請した諏訪神社も当初は鳥居と社殿が 2つ建てられていました。

建て替えを繰り返すうちに、社殿も鳥居も1つになっていきました。

ところが、現在もまれに鳥居が2つ残っている神社もあります。

湯島町の南方神社も、鳥居が2つ並んで立つ神社です。

旧社格は、村社となります。
ご祭神

建御名方命(たけみなかたのみこと) |
八坂刀賣命(やさかとめのみこと) |

向田町の南方神社

向田町の南方神社は、川内駅の南にある小高い山の上にある神社です。

島津義久公と義弘公が朝鮮高句麗征途の際、祈願し諏訪神社を勧請したといわれています。

旧社格は、無格社です。

ご祭神

建御名方命(たけみなかたのみこと) |
八坂刀賣命(やさかとめのみこと) |

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