大野小学校国見分校跡

大野小学校国見分校 山村風景が映える国見地区の木造校舎

国見分校は、かつて熊本県芦北町にあった大野小学校の分校です。

大野小学校国見分校跡

旧校区には現在も、昭和時代の山村の風景が残されています。

旧大野村

大野小学校国見分校跡近くの大木

芦北町というと海のイメージが強いのですが、内陸部に行くと結構山深かったりします。

大野小学校国見分校跡近くの道路

水俣芦北地方最高峰の大関山 (902m)の麓に位置する旧大野村は、海のない山村でした。

大野小学校国見分校 入口の登り坂

なかでも国見地区は、佐敷川の源流を擁する山村のなかの山村です。

大野小学校国見分校 入口

熊本県道27号芦北球磨線は、2020年 (令和2年)7月豪雨以来、国道219号線のう回路となっています。

大野小学校国見分校跡

球磨郡の山村・球磨村と球磨川を挟んで隣接しています。

芦北町大野のポスター

木造校舎

芦北町国見農村公園の看板

国見分校跡は、国見農村公園として整備されています。

大野小学校国見分校 運動場跡のグランドゴルフ場

運動場は現役で、グランドゴルフ場として使われています。

大野小学校国見分校 木造校舎

国見分校の閉校は、1972年 (昭和47年) です。

大野小学校国見分校 木造校舎

なんと閉校後、半世紀が経過しているにもかかわらず、校舎の一部が残されています。

大野小学校国見分校 木造平屋建校舎

記録によると、 1952年 (昭和27年)に新築された校舎です。

大野小学校国見分校 木造平屋建校舎

運動場側から見ると、壁には窓がありません。

大野小学校国見分校 玄関

推測になりますが、校舎の一部を減築して、現在の形となったのでしょうか?

大野小学校国見分校 校舎内

いずれにしても、国見分校の校舎には間違いありません。

大野小学校国見分校 木造平屋建校舎

国見地区

大野小学校国見分校 玄関

国見分校より上流にも、佐敷川に沿って集落が残っています。

大野小学校国見分校近くの佐敷川の取水堰

佐敷川の堰から取水し水も豊富で、農地もよく手入れされています。

大野小学校国見分校から見た山村の風景

その風景は、過疎化前の昭和時代の山村の風景を思い起こさせます。

大野小学校国見分校 運動場

本校である大野小学校までは4kmあまり。歩くと1時間です。

大野小学校国見分校 休憩所のベンチ

バスだと10分足らずの距離であるため、いちはやく本校へ統合したのでしょう。

大野小学校国見分校 出しっぱなしの水道

沿革

大野小学校国見分校 学校時代の水道
1900年(明治33年) 大野尋常小学校国見分教場として創立
1941年 (昭和16年) 大野国民学校国見分教場へ改称
1947年 (昭和22年) 大野村立大野小学校国見分校へ改称
1952年 (昭和27年) 現存校舎落成
1955年 (昭和30年) 葦北町立大野小学校国見分校へ改称
1970年 (昭和45年) 芦北町立大野小学校国見分校へ改称
1972年 (昭和47年) 芦北町立大野小学校へ統合し閉校
大野小学校国見分校 裏口

場所 熊本県葦北郡芦北町國見167-1

大野小学校国見分校のすべり台

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