深水発電所は、かつて熊本県八代市坂本町にあった、製紙工場へ電力を供給していた水力発電所です。
対岸の国道219号線から、遺構の姿をみることができます。
![深水発電所](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
深水発電所へ行きたい
いつもは球磨川越しに見る、深水発電所です。
建物のメンテナンスは、定期的にされています。
ということは、近くまで行くことができるはずです。
実際に深水発電所へ行ってみました。
![深水橋](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
まず、深水橋で球磨川をわたります。
![深水川橋梁](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
肥薩線の高架橋をくぐります。
降雨時は冠水の恐れがあると書いてありました。
![肥薩線高架橋](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
さらに深水川をわたりました
![深水発電所への入り口](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
ここから先は、徒歩で行くことになります。
「歩行者と二輪車は通行できます」と書いてあります。
![川口第一踏切](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
肥薩線の踏切をわたります。
![川口第一踏切からみた人吉方面](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
川口第1号踏切といいます。
![川口第一踏切からみた八代方面](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
肥薩線は、人吉方面も八代方面もトンネルです。
![北側からみた深水橋](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
深水橋が見えます。
高くて怖いです。
![](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
ガードレールか柵がないと、つまずいたら崖に落ちそうです。
![深水発電所への道](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
二輪車で通行とかムリでしょ。
![深水発電所へ続く道](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
崖側の柵は、全域これくらいの高さにしておいてほしいです。
![深水発電所の屋根](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
深水発電所の屋根が見えてきました。
![深水発電所裏側](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
すぐそこに見えていますが、道はつながっていません。
![肥薩線と深水発電所](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
無理やり崖を降りて、線路を横切れば行けそうです。
しかし、大昔にこんな道もないところに、どうやって発電所を建てたのが不思議です。
![深水発電所の導水管](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
溝に通る鉄管が発電所の導水管です。
思っていたより細々としています。
![深水発電所へ向かう導水管](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
確かに発電所へつながっています。
坂本工場の発電所
深水発電所ができたのは、1921年(大正10年)のことです。
当時の九州製紙坂本工場が、自社専用発電所として建設したものです。
![深水発電所遠景](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
最大出力は880kwですが、年間の平均出力は550kwと、今見ると小スペックです。
しかし、深水発電所は坂本工場が操業を停止する1988年(昭和63年)まで、現役施設として稼働していました。
![](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
工場の閉鎖とともにその役目を終えています。
坂本工場では、この深水発電所を含めて、4つの自社発電所があったそうです。
![深水発電所と球磨川](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
そのうち、2つは構内発電所であり、既に解体されています。
遺構が残るのは、鮎帰発電所と、この深水発電所となっています。
社有発電所の意義
電力の消費量が大きい製紙工場では、現在も自社内に発電所を持っています。
それは、コスト削減だけのためにやっているのではありません。
![深水橋とその上流部](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
万一、電力が確保できなければ、工場の生産量はゼロになってしまいます。
生産量がゼロということは、収入もゼロです。
![深水発電所全景](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
さらに、製品の供給ができないと、競合他社に販売先ごと渡してしまうリスクがあります。
製紙工場にとって、自社発電所を持つのは、生き残りのためなのです。
![深水発電所拡大写真](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
明治時代から大正時代に、現在のように電力会社から電力の安定供給は、期待できなかったと思います。
発電能力のみならず、送電網や交通インフラももろく、いったん災害がおこれば、停電が何日も続いていたことが想像できます。
まとめ
深水発電所は、坂本工場にとってなくてはならない設備でした。
道もないような断崖絶壁に建てられ、山奥に導水路を引いてあります。
![深水発電所の導水路のある山](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
山中には調整池や、管橋などの遺構が残されているそうです。
現在の所有者は、日本製紙となっています。
![現役時の深水発電所](https://haradaoffice.biz/wp-content/themes/the-thor/img/dummy.gif)
長い間、製紙工場に貢献してきた発電所です。
末永く遺構として保存されることを祈ります。
場所 熊本県八代市坂本町中谷ろ
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