岩城跡の木本神宮(このもとじんぐう) 市房山神宮参詣と同じ効果

木本神宮は相良長毎(ながつね)が、市房山神宮参詣が2度にわたり叶わなかったため、岩城跡に創建しました。

岩城

相良氏が人吉球磨地域に入国する以前、現在の錦町木上地区一帯は、豪族平河氏が本拠地として、勢力を誇っていました。

平河氏が居城としていたのが岩城です。

岩城のことを別名、木本城ともよんでいました。

岩城のある山は、本当に岩のように堅い岩盤でできています。

平河氏が、血敷原の戦いで相良氏に敗れたのち、相良氏の支配後は荘家窪田氏が城主となりました。

木本神宮に上がる途中に、窪田氏のお墓があります。

岩城跡からの景色です。中央に写っている山が市房山です。

木本神宮の創建

相良第13第長毎が市房山神宮参詣に出かけた際、途中岩城に宿泊しました。

ところが、周辺は大洪水となり参詣ができませんでした。

その後、再び出かけたときも洪水となり念願が果たせなかったといいます。

そこで、岩城に市房山神宮を歓請し建立したのが木本神宮です。

1513年創建となります。

ご祭神

ご祭神は市房山神宮と同体です。

木本神宮に詣でることで、市房山神宮参詣と同じ効果があるとされています。

また、相良長毎公が洪水で念願が叶わなかったためか、治水祈願の神として祀られています。

境内には樹齢400年といわれる「イチイガシ」の大木があります。

1996年(平成8年)錦町の文化財として指定されています。

2015年(平成27年)日本遺産人吉球磨の構成文化財18番となっています。

同じく岩城跡は日本遺産人吉球磨の構成文化財45番です。

場所 〒868-0301 熊本県球磨郡錦町木上東

木本神宮へ上る道は、両壁が岩でとても狭くなっています。

離合場所やUターン場所がないので、下の公共施設などに車を置いて、徒歩で登るのがおススメです。

車で登るなら軽自動車がいいでしょう。

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