百引(もびき)中学校は、かつて鹿児島県鹿屋市輝北町にあった公立中学校です。
旧輝北町の中学校は、新設された輝北中学校に統合され廃校となっています。
百引地区
藩政時代の百引郷が、町村制施行によりそのまま百引村となっています。
輝北町となるのは、1956年(昭和31年)の昭和の大合併で、旧市成村と合併した後です。
旧輝北町において、役場が置かれたのが百引地区でした。
輝北町役場は、現在は鹿屋市役所輝北総合支所となっています。
輝北町の行政の中心地です。
旧輝北町の2校を統合
校区は、鹿屋市立百引小学校および鹿屋市立平南小学校と同じです。
要は輝北町の東半分、旧百引村の中学校です。
2011年(平成23年)の学校再編により、百引中学校と市成中学校が統合しています。
学校統合後は市成中学校の跡地で、輝北中学校として新たにスタートしたため、百引中学校は閉校となっています。
これ以来、旧輝北町の中学校は1校となっています。
中学駅伝の強豪
百引中学校は、歴代の部活動で好成績を残しています。
大隅地区のバレーボール、野球、ソフトテニスなどの体育系部活動の強豪校でした。
それにとどまらず、鹿児島県中学校音楽コンクールで何回も金賞を受賞しています。
駅伝では県大会の常連校で、全中駅伝にもたびたび出場していました。
陸上競技では、何人もの実業団選手を輩出しています。
特に、3000m走と5000m走の元日本記録保持者、米重修一選手は百引中学校出身です。
百引中学校在学中は、3年連続して県中学駅伝大会に進んでいます。
中部商業高校時代は、全国高校駅伝大会優勝。
【前頭葉の響く 箱根2区 頂上対決】
— Rolows ロローズ (@Rolows_13) May 31, 2017
学生陸上のキング 大塚正美(日体
ユニバ10000金メダル 米重修一(大東
の最強決定戦となった 83年の箱根2区
死闘の末、大塚の勝利 1時間7分34秒
ラジオ中継のみ時代
激しい実況が、いまだに脳にやきついて離れない pic.twitter.com/JM8tf4pT9X
大東文化大学時代もエースとして活躍しました。
【OB情報】
— 旭化成陸上部 (@ak_rikujo) June 22, 2021
今回は旭化成の3000m記録(7’49″92)を保持していた、#米重修一 さんから #相澤晃 選手へメッセージをいただきましたのでご紹介します!
現役当時は5000mの日本記録を更新するなど、スピードランナーとしてご活躍されていました。
現在は拓殖大学の准教授としてご活躍されています!#旭化成 pic.twitter.com/XkDoWJyrdQ
旭化成陸上部へ進み学生陸上のスーパースターから、日本陸上界のスーパースターとなった方です。
ソウルオリンピックでは、5000mと10000mで日本代表選手として出場しています。
沿革
1947年(昭和22年) | 百引村立百引中学校創立 |
1956年(昭和31年) | 輝北町立百引中学校へ改称 |
2006年(平成18年) | 鹿屋市立百引中学校へ改称 |
2011年(平成23年) | 鹿屋市立輝北中学校へ統合 閉校 |
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