橋牟礼川遺跡 (はしむれがわいせき)というのは、鹿児島県指宿市にある、縄文時代から平安時代にかけての遺跡です。
遺跡内では不思議な現象が発生するという、ミステリースポットです。
学術的価値
橋牟礼川遺跡は、大正時代に土器がみつかったことから、周辺の発掘調査を行い発見されています。
火山層をはさんで、下層からは縄文式土器、上層からは弥生式土器が発見されました。
それぞれの土器の作られた年代が証明されたほか、火山災害遺構としての側面も持ち、学術的にはとても評価の高い遺跡です。
遺跡は指宿橋牟礼公園になっていて、一般の人も見学することができます。
竪穴式住居
当然ながら、遺跡は我々の祖先が生活した場所です。
弥生時代の開聞岳の大噴火で、当時の集落は火山灰で埋まってしまいました。
当時の火山灰層の下には、集落跡がそのまま眠っていました。
そのため 「東洋のポンペイ」の異名を持ちます。
かつてイタリアのナポリ近郊にあった古代都市
西暦79年のベスヴィオ火山の大噴火による火砕流で地中に埋もれた
鹿児島市では、日本を近代化に導いた英雄ゆかりの地を大切にし、史跡として石碑を建てています。 鹿児島中央駅を起点に、甲突川左岸を下流へ下りましたので、今回はふたたび中央駅に戻ります。 […]
発掘調査のうえ、現在の橋牟礼川遺跡には、竪穴式住居が再現されています。
COCCO はしむれ
橋牟礼川遺跡の隣接地には、指宿市考古学博物館 「時遊館 COCCO はしむれ」 が建てられています。
発掘された土器類はもちろん、橋牟礼川遺跡を中心とした南九州の古代史資料が展示されています。
古代人の霊
鼻牟礼川遺跡には、原始から古代にかけては、人々の生活がありました。
実はマニアの間では、発掘調査により眠っていた古代人の霊が目を覚ましたといわれています。
遺跡内で唾を吐いたり、ゴミを捨てたりすると背後に霊が現われるといいます。
一説では、眠りを覚まされたうえ、集落を荒らされた古代人が怒るのだといわれています。
空襲の霊
先の大戦で米軍が沖縄に上陸してからというもの、本土最南端の都市・指宿市は度々空襲に見舞われています。
遺跡周辺でも、多数の死傷者がでています。
橋牟礼川遺跡で目撃される霊は古代人だけではありません。
防空頭巾をかぶった幼児の霊
体の半分が損壊した霊
古代人と空襲の霊がダブルで出現するといわれます。
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