羽月北小学校は、かつて鹿児島県伊佐市白木にあった公立小学校です。
所属自治体は、旧伊佐郡羽月村から大口市、さらには伊佐市となっています。
羽月村
羽月(はつき)村は薩摩藩時代の羽月郷で、のちに旧伊佐郡の一部となりました。
1954年(昭和 29年) 、大口市の発足まで存在していました。
その昔、山野線が現役だったころは、国鉄の駅のあった村です。
羽月北小のある場所は、白木地区の山ノ神という集落でした。
白木地区には伊佐市から出水市へ至る、国道 447号線が走っています。
あまり交通量が多い道路ではありませんが、内陸部からツルの飛来地、出水市へ行くにはなくてはならない道路です。
ただ、山間地であり歴史的には多くの人が住んでいた土地ではありません。
農業と林業が基幹産業で、民家は山間にポツリポツリと点在しています。
羽月北小学校周辺も集落は少なく、山間にRC造の校舎と体育館が残されています。
校内
校門です。
校内入口のトロッコは、1983年(昭和 58年)の校舎新築工事で使われたものです。
2003年(平成15年)に建てられた50周年記念碑です。
2017年(平成 29年)に建てられた閉校記念碑です。
裏には校歌が彫られています。
校庭の遊具群です。
校舎の東端にあるプールです。
体育館です。
校庭の国校旗掲揚台はポールが3本ある立派なものです。
国校旗掲揚台の裏にある遊具群です。
小さくまとまった立派な校舎です。
「つよく」「かしこく」「うつくしく」は羽月北小学校の校訓です。
校訓の通り美しいまま、学校が残されていました。
沿革
1946年(昭和21年) | 羽月小学校山神分校として創立 |
1953年(昭和28年) | 羽月村立羽月北小学校として独立 |
1954年(昭和29年) | 大口市立羽月北小学校へ改称 |
2008年(平成20年) | 伊佐市立羽月北小学校へ改称 |
2012年(平成24年) | 休校 |
2017年(平成29年) | 開校 |
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