石飛分校は、かつて熊本県水俣市にあった、石坂川小学校の分校です。
石飛とよばれる県境の集落に、小さな分校の校舎が残されています。
県境の集落
石飛分校は、熊本県と鹿児島県の県境近くに位置します。
かつては薩摩街道のうち大口筋沿いであり、近くの亀嶺峠 (きれいとうげ・578m) が国境となっています。
周辺は山中というより高原の中で、水田もありますが傾斜地が多く、牧場とお茶畑が広がっています。
特にお茶は銘茶といわれ、 「水俣石飛茶」というブランド茶になっています。
この周辺に人が住み始めたのは、遠い古代です。
石飛遺跡
石飛分校の創立は、1950年(昭和25年)にさかのぼります。
建設工事の際、大量の石器遺物がみつかったことから、分校前の畑で発掘調査が行われました。
当時、石器時代の遺跡の発掘は例が少なく、石飛分校遺跡の発掘調査は、後世に評価されています。
石飛分校の閉校は、2008年(平成20年)とされていますが、その際にはすでに休校していました。
しかし、閉校記念碑はしっかり建てられています。
なにより、分校の姿が現在もしっかり残っています。
沿革
1950年(昭和28年) | 水俣市立石坂川小学校石飛分校創立 |
2008年(平成20年) | 水俣市立葛渡小学校へ統合し閉校 |
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