熊襲穴

熊襲穴 妙見温泉のモダンアートが楽しめる熊襲の住居跡

熊襲穴(くまそあな)というのは、鹿児島県霧島市にある史跡です。

熊襲穴の入口

熊襲の首領がすんでいたと伝わります。

熊襲とは?

熊襲のマーク?

熊襲(くまそ)というのは、古代の南九州に住んでいたとされる人々です。

熊襲穴の登り口の公園

日本書記や古事記にも登場しています。

熊襲穴上の岩盤

熊を襲うと書くので、熊さえも襲うような勇猛な民族だったと考えられています。

熊襲の穴の階段

一方で、焼畑耕作をしていた静かな民族だったという説もあります。

熊襲の穴

いずれにしても、独自の生活や文化があり、大和朝廷に従う姿勢はありませんでした。

熊襲の穴

熊襲討伐

熊襲穴

熊襲穴は、熊襲の首領・川上梟帥(かわかみたける)たちが、住んでいた場所といわれます。

熊襲穴のモダンアート

第12代景行天皇は、熊襲平定のため日本武尊(やまとたけるのみこと)を九州へ送ります。

熊襲穴のモダンアート

日本武尊は、熊襲穴で開かれていた宴会に女装して潜入し、川上梟帥を殺害しています。

熊襲穴のモダンアート

一方、隼人(はやと)も南九州に住んでいた人々を指しますが、朝廷に反旗を翻すのは奈良時代です。

熊襲穴のモダンアート

熊襲は隼人より早い年代に、南九州で暮らした人々のことです。

熊襲穴 出口

スペック

熊襲穴
奥行き22m
10m
高さ16m
熊襲穴の登り口

駐車場から階段を少し登る必要があります。

神々の想い

登り口のアートは 「神々の想い」 竹道久氏の作品です。

熊襲穴の電灯スイッチ

普段、熊襲穴は真っ暗ですので、入口の右側の電灯スイッチを押して中へ入ります。

熊襲穴の入口

入口は狭いのですが、中は広々としています。

熊襲穴の内部

内部のモダンアートは、萩原貞行氏の作品となります。

熊襲穴の内部

奥には、さらに3倍ほどの空間があったのですが、現在は入口が埋まり入ることができません。

熊襲穴の説明板

妙見温泉

妙見温泉

熊襲穴があるのは、妙見温泉の一角です。

妙見温泉

1895年(明治28年)に、妙見神社の旧跡で泉源が発見されたため、このネーミングです。

妙見温泉 石原荘

もともとは湯治湯として発展しましたが、いつしか超高級旅館が点在するようになります。

妙見温泉 雅叙苑

鹿児島空港からわずか15分の場所にあり、人気の温泉です。

熊襲穴のモダンアート

場所 鹿児島県霧島市隼人町嘉例川 4381-1

熊襲穴のモダンアート

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