四家(しか)中学校は、かつて宮崎県都城市高城町にあった、公立中学校です。
四家地区
四家地区は、平家落人伝説の村です。
- 黒木
- 井上
- 永峰
- 二見
源平合戦の後、落人として流れてきた平家の流れをくむ、上記の四家が落ち着いた場所といいます。
それ以来、この地区を四家村とよぶようになったと、いい伝えられています。
熊本県では、平家の落人伝説は、山深い山村に残っています。
宮崎県では、四家のような農村に、落人伝説が残っていることに驚きました。
源平合戦のころは、四家は未開墾の山林だったのかもしれません。
現在は、宮崎市や都城市それから小林市にも近く、道路も整備されています。
今となっては、農地として絶好の立地条件です。
現況
四家中学校は、2009年(平成21年)に閉校となっています。
鉄筋コンクリート2階建ての校舎が残っていました。
体育館は木造だったようです。
洋風要素を取り入れた木造建築は、個人的にお気に入りです。
閉校後、校舎はあまり使われていないのかもしれません。
写真入りの閉校記念碑は、初めて見ました。
これなら、校舎が解体されても、在りし日の姿を後世に残せます。
木造建物の裏側も拝見させていただきました。
木造の体育館?が残っているのも珍しいです。
学校の裏側には、先生たちの住宅でしょうか?
閉校前から使われていなかった雰囲気です。
閉校となる前月に Sonar Pocket さんがライブをしたのは、訪問後知りました。
沿革
1947年(昭和22年) | 高城町立有水中学校四家分校として創立 |
1961年(昭和36年) | 高城町立四家中学校として独立 |
2006年(平成18年) | 都城市立四家中学校へ改称 |
2009年(平成21年) | 閉校 |
関連記事
【関連記事】遺構めぐりが楽しくなる本 いまそこにある建物の目的と背景