津屋原沼というのは、宮崎市の大淀川河口付近で合流する、支流の八重川にある池です。
地元ではタンポリとよばれています。
堤防工事
津屋原沼の南岸は高潮や津波に備え、 現在堤防工事中です。
タンポリというのは潮だまりのことで、干満差による干潟や湿地帯があり豊かな自然がみられます。
水辺には植物が育ち動物の住処となり、豊かな漁場でもあります。
東岸にタンポリ公園が整備されているのですが、現在は堤防工事のため入場できません。
実はこのタンボリ公園、むかし日向国の処刑場兼拷問所だったという伝承があります。
台風の上陸
室町時代の終わり日向国を台風が襲い、 八重川と大淀川が大氾濫しています。
川沿いの住宅は流され、 住民にも大きな被害がでました。
津屋原沼には1000 を超える水死体が流れ込み、処理には数か月を要したといいます。
ところが、湖底ではプランクトンが大量発生したため、翌年は史上まれにみる大豊漁に恵まれました。
処刑場と拷問所
これを見た日向国の役人たちは、 沼の近くに処刑場をつくり、 罪人の遺体を魚のえさにしようと考えました。
以降、 津屋原沼には、処刑された遺体が投棄されつづけました。
数十年後、 日向国にふたたび台風が上陸します。
津屋原沼には、以前同様 1000を越える水死体が流れ込んでいます。
日向国の役人は、遺族の反対を押し切り遺体を処理しないよう指示しています。
ところが、遺体は津屋原沼の処理能力をはるかに超える量でした。
微生物により分解されず水は腐敗してしまい、周辺には悪臭が漂います。
日向国の役人が慌てて遺体の処理を命じたときには、津屋原沼からは魚だけでなく動物や鳥、虫までもいなくなっていま した。
豊漁どころか漁業の壊滅を招いたと伝わります。
更なる悲劇
さらに付近では生態系の破壊からか、原因不明の疫病がまん延します。
そして遺体の処理を始めると、今度は雨が降らず八重川の水量が減ってしまいます。
水が循環しなくなったことで、水質はよくなるどころかさらに悪化しています。
また、田畑は枯れ果て、飢饉と不漁で多くの人が亡くなっています。
領主は自らの過ちを認め、津屋原沼が元の姿を取り戻すように力を尽くしたと伝わります。
場所 宮崎県宮崎市赤江1408
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