別府(べっぷ)中学校は、かつて鹿児島県南九州市頴娃(えい)町にあった公立中学校です。
閉校後は「地域交流センターはやま」として、再利用されています。
学校跡活用
別府中学校は、閉校後まもなく社会福祉法人と立地協定がまとまりました。
時間が経過すると建物の劣化が早まり、敷地内も草木がのびて荒れてしまいます。
学校跡活用の好例といえるでしょう。
ただし、その広大な敷地を1社で活用するには、事業規模が必要です。
そこで、別府中学校跡を利用する社会福祉法人では、地域交流の場となるように工夫しています。
- 生活介護事業
- 放課後等デイサービス事業
- 相談支援事業所なんさつ
地域交流センターはやま/社会福祉法人更生会
ここまでは、社会福祉法人の障害福祉サービスの定番利用です。
- アートスペースCOCO
- アウトドアスベース ASOBU
- カフェはやま
- 体育館、校庭、空き教室の貸出
地域交流センターはやま/社会福祉法人更生会
など、既存施設を有効に利用した、地域交流センターとして再スタートしています。
学校遺構
社会福祉法人が利用し始めてからまだ時間がたっていません。
学校の雰囲気はそのまま残っています。
南門
南側の校門です。
南側校門のさらに南側にあったプールです。
門柱にはいい感じでツタがからんでいます。
正面に校舎が見えます。
別府中学校の表示は掲げられたままでした。
とても広い敷地です。
体育館が見えます。
南東隅には野球のバックネットが見えました。
西門
西側の校門、車両で行く方はこちらがメインの入口です。
校門の掲示物は、地域交流センターの掲示物です。
テニスコートには、ネットはありませんがポールとラインは残されています。
運動場がメチャクチャ広い学校です。
体育祭の時は、望遠レンズがないといい写真は撮れそうにありません。
校舎もこの規模なので、生徒数も多かったはずです。
自分の子供をみつけるのさえ難しかったことでしょう。
さらに内側に、地域交流センターの門が設置されています。
武道場でしょうか?学校設備も充実していたことがわかります。
記念碑
閉校記念碑がありました。
閉校記念碑に刻まれているのは、校訓と校歌です。
今後は、施設の更新などで少しづつ福祉施設らしく変わっていくことでしょう。
まだ、学校の雰囲気が残るうちに訪れることができて幸運でした。
沿革
1947年(昭和22年) | 頴娃村立別府中学校創立 |
1950年(昭和25年) | 頴娃町立別府中学校へ改称 |
2008年(平成20年) | 南九州市立別府中学校へ改称 |
2019年(平成31年) | 南九州市立頴娃中学校へ統合 閉校 |
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