鶴嶺神社 外面の美はもちろん内面の美にまつわるご利益のある神社
鶴嶺神社(つるがねじんじゃ)は、鹿児島市吉野町の仙厳園にある神社です。仙厳園に入場しなくても参拝できます。島津氏の歴代当主とその家族をまつります。なかでも、第16代島津義久公の娘、持明院さまがまつられることから、美にご利益があるとされ、心身ともに美しくなれるといわれています。
鶴嶺神社(つるがねじんじゃ)は、鹿児島市吉野町の仙厳園にある神社です。仙厳園に入場しなくても参拝できます。島津氏の歴代当主とその家族をまつります。なかでも、第16代島津義久公の娘、持明院さまがまつられることから、美にご利益があるとされ、心身ともに美しくなれるといわれています。
本之牟礼(ほんのむれ)分校は、かつて鹿児島県阿久根市にあった大川小学校の分校です。本之牟礼集落は、西都市の寒川集落と同様、住民が集団移転しています。本之牟礼分校には閉校後、陶芸家の方が長い間住んでいました。集落跡が山林に戻ったのに対し、山間の校舎だけが残る、ポツンと一軒家状態になっているのが印象的です。
長谷観音は、宮崎県西都市三納にある長谷寺のご本尊です。長谷寺は、奈良時代に大和国初瀬山の長谷寺の僧侶、徳道上人が開山したお寺です。大永の大火、領主の衰退、廃仏毀釈による廃寺、枕崎台風と幾度の受難がありましたが、観音さまの頭部は無傷のまま、1300年もの永い間、お堂に安置され続けています。
金山分校(きんざんぶんこう)は、かつて鹿児島県薩摩郡さつま町にあった永野小学校の分校です。300年もの歴史を持つ永野金山ですが、明治時代に近代的な永野製錬所が建てられたこのあたりには、多くの人が住んでいました。金山の閉山により子供たちが減ってしまい、金山分校も役割を終えています。
佐潟の洞窟は、鹿児島県阿久根市にある不思議なほら穴です。ながいながい年月をかけて、海水が岩を浸食してできたものです。阿久根市西目の佐潟地区から、東シナ海に飛び出した岬を佐潟鼻といいます。観光地として訪れる人も少なく、手つかずの自然が残っていて、その風景を秘かに楽しみたいスポットです。
仙厳園は鹿児島県を訪れる人なら誰もが知る、鹿児島市の代表的な観光地です。かつて磯庭園とよばれ、ロープウェイがあったのを知る人は少なくなってきました。数百年前から島津氏の別邸で見事な庭園が造られた名勝です。一般の方が入ることができるようになったのは、昭和時代になってからです。NHKの大河ドラマ「西郷どん」では、多くのシーンが撮影されました。
西内堅分校は、かつて宮崎県えびの市にあった真幸(まさき)小学校の分校です。えびの市は、宮崎県のなかでも、もっとも西に位置する自治体です。なかでも旧真幸町の内堅地区は、そのいちばん西にあった地域です。西内堅分校は、宮崎県最西端の小学校でした。西内堅分校跡には、平屋建ての新旧校舎が残っています。
真幸駅(まさきえき)は、宮崎県えびの市にある JR九州肥薩線の駅です。宮崎県で初めてできた鉄道駅であり、肥薩線としては唯一の宮崎県にある駅です。真幸駅は「真の幸せ」に通じる縁起の良い駅名のため、ひそかに人気があります。幸せを運んでくる看板ネコが勤務しているので会っていました。本来は観光列車「いさぶろう・しんぺい」の停車駅なのですが、九州南部豪雨以降運休区間になっています。
牛ノ浜海岸は、鹿児島県阿久根市にある東シナ海を臨む海岸です。沖に浮かぶ波の浸食を受けてできた岩礁群が特徴の海岸となります。昔から景勝地であり県指定名勝です。鳥居が建つ大きな岩は「すみっ瀬」とよばれ、背景に太陽が沈む夕映えスポットとして知られています。牛ノ浜駅からはすぐそこで、肥薩おれんじ鉄道の車窓から見ることができます。国道3号線で行く場合も牛ノ浜駅に駐車できます。
二反野(にたんの)分校は、かつて宮崎県綾町にあった綾小学校の分校です。綾町は山間の町ながらも、町おこしに成功したといわれています。宮崎市へ通勤圏内というのもあり、1970年代から人口減少がみられない珍しい自治体です。しかしながら、町内でも山間部には閉校した分校があります。二反野分校跡は現在は公民館となっていますが、木造校舎が残されています。
本浦(もとうら)小学校は、かつて鹿児島県長島町にあった公立小学校です。2015年(平成27年)に、長島町立高巣小学校と統合し閉校しています。周囲の風景とマッチした色調で彩色された校舎や体育館、そして数々のりっぱな記念碑群など、閉校時の姿がほぼそのままの形で残されています。世代が変わっても、後世まで本浦小学校のことが語り継がれることを願います。
長谷(はせ)ダムは、宮崎県西都市にある重力式コンクリートダムです。ダムの名前は三納川の上流にある、長谷観音にちなんでいます。管理棟が堤頂部をまたいで建てらていて、天端を渡るためには必ず管理棟の中を通るのが特徴です。