大隅五社というのは、大隅国を代表する神社として領民が崇拝してきた神社です。
古代の神々の伝説に、中世以降の伝説が重なり、大隅国を代表する五社とされています。
大隅五社とは?
その昔大隅国は、天孫が降臨した日向国の一部でした。
神代三山稜のうち、高尾山陵と吾平山稜があるのは大隅国です。
延期式神名帳が編纂されたころは、大隅国式内五社が大隅国を代表する神社でした。
大隅国式内五社
鹿児島神宮 | 霧島市隼人町 |
大穴持神社 | 霧島市国分広瀬 |
福山宮浦神社(宮浦宮) | 霧島市福山町 |
韓国宇豆峯神社 | 霧島市国分上井 |
益救神社 | 熊毛郡屋久島町 |
時代とともに、令制国を代表する神社は変遷していきます。
後には、大隅五社という場合、次の5社を指しています。
大隅五社
鹿児島神宮 | 霧島市隼人町 |
霧島神宮 | 霧島市霧島田口 |
安良神社 | 霧島市横川町 |
加治木春日神社 | 姶良市加治木町 |
福山宮浦神社(宮浦宮) | 霧島市福山町 |
鹿児島神宮
鹿児島神宮は正八幡宮ともよばれ、ご祭神は八幡神です。
大隅国一之宮にして、式内社の鹿児島神宮は、間違いなく大隅国を代表する一社です。
その社格は、大隅国のみならず南九州一であったといわれています。
霧島神宮
霧島神宮は式内社の論社です。
しかし、日向国と大隅国の国境にある、高千穂峰がご神体であったため、日向国の式内社とされています。
のちには、島津氏の篤い崇拝により、社勢が増しています。
明治以降も鹿児島県の政策により発展し、旧社格は官幣大社となっています。
現在は、霧島神宮系列の霧島六所権現を代表する神社となっています。
安良神社
安良神社は、都が大和国になってからの女官、安良姫をまつる神社です。
都を逃れた安良姫は、大隅国横川の地に流れつきました。
しかし、安良姫は都に残した母のことを思い、自害してしまいます。
その後、地域の方が安良姫をまつったのが、安良神社です。
加治木春日神社
平安時代に関白と摂政を務めた、藤原頼忠の三男・経平は、加治木の郡司として赴任しました。
この時、藤原氏の氏神である、大和国(現在の奈良県)の春日大社を勧請したのが加治木春日神社のはじまりです。
のちにこの地の領主となる島津氏も、領内の総社として加治木春日神社を篤く保護しています。
福山宮浦神社(宮浦宮)
神武天皇の東征にもつながる、福山の夫婦イチョウで有名な神社です。
延期式神名帳にも名を連ねる、大隅国式内五社のひとつでもあります。
その長い歴史の中には、桜島の大噴火や西南戦争の戦火に巻き込まれた歴史もあります。
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