青蓮寺阿弥陀堂 熊本多良木まで飛騨の大工を召喚して建立

青蓮寺(しょうれんじ)は、鎌倉時代に下相良氏に先立って多良木荘に入った上相良氏の菩薩寺でした。

当時の人吉球磨には2つの相良家があり、宗家(本家・跡継ぎを出す家)は上相良氏でした。

上相良氏とは?

1193年、鎌倉時代に相良氏が最初に人吉球磨へ向かったのは多良木荘でした。

多良木荘とは、現在の多良木町を中心とした球磨郡東部のことです。

そこで地頭となったのが上相良氏初代頼影(よりかげ)です。

その5年後、相良頼影の長男、長頼(ながより)も人吉荘を与えられています。

当時、人吉球磨には2系統の相良家があり、多良木荘の相良氏を上相良氏、人吉荘の相良氏を下相良氏とよんでいます。

後に1448年、室町時代に入り、下相良家第11代永続(ながつぐ)が上相良氏を滅ぼし人吉球磨を統一しています。

相良氏の初代を頼影とするか、長男の長頼にするかは議論のあるところです。

代々の居城となった人吉城に最初に入城したのは長頼でした。

また、上相良氏は下相良氏に討伐されたので、下相良の長頼を初代とするのが一般的なようです。

青蓮寺阿弥陀堂

1295年、上相良第3代頼宗(よりむね)が、初代相良頼影を供養するために阿弥陀堂を創建しました。

青蓮寺は1298年、頼影婦人、青蓮尼に位牌所として建立したといわれています。

阿弥陀堂は飛騨の工匠の造作といわれています。

熊本県内最大の現存する茅葺堂となります。

そして、球磨郡に残る中世建築物の代表的存在といわれています。

1913年(大正2年)建造物は国の重要文化財に指定されています。

2015年(平成27年)日本遺産人吉球磨の構成文化財23番となっています。

阿弥陀堂の中に安置されるのは、阿弥陀如来像と両脇侍、こちらも国指定の重要文化財です。

木造地蔵菩薩立像は県指定の重要文化財となっています。

青蓮寺古塔碑群

阿弥陀堂の裏には、五輪塔78基と板碑などの石造物22基が並んでいます。

多くのものが無名か、銘文が摩耗して判読できないということです。

しかし、この地域の史料から、いずれも上相良氏一族の墓石であることがわかっています。

上相良家初代頼影から、下相良家第11代永続に滅ぼされた、上相良家第8代頼近まで、代々の墓があるといわれています。

1970年(昭和44年)古塔碑群は国の史跡に指定されています。

山王神社

青蓮寺の裏には、山王神社が鎮座します。

1633年、阿弥陀堂の守護神として建立されたものです。

「安産の神様」として信仰を集めています。

阿弥陀堂の安泰と、地区民の息災延命、子孫繁栄、家内安全、元難(こうなん・思いがけない災難のこと)の消滅を願ったものと記されています。

場所 熊本県球磨郡多良木町大字黒肥地3992

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