卑弥呼の里 阿蘇の草原に残される大型リゾート構想の夢の跡
卑弥呼の里は、熊本県産山村にある廃リゾート施設です。本当に産山村に邪馬台国があったかどうかはわかりませんが、総合リゾートタウン「卑弥呼の里」構想が発表されたのは、1978年(昭和53年)のことでした。
卑弥呼の里は、熊本県産山村にある廃リゾート施設です。本当に産山村に邪馬台国があったかどうかはわかりませんが、総合リゾートタウン「卑弥呼の里」構想が発表されたのは、1978年(昭和53年)のことでした。
かつて日本の鉄道交通の主役だった蒸気機関車ですが、電車や気動車に置き換えられ姿を消しています。その大半が解体されていますが、現在でも保存されている車両があります。九州南部の貴重な保存車をたどってみました。
横居木(よこいぎ)分校は、かつて熊本県芦北町にあった田浦小学校の分校です。1969年(昭和44年)閉校ながらも、校舎は横居木公民館として利用されたことが幸いし、昭和時代の木造校舎が残る希少な学校跡となっています。
計石(はかりいし)小学校は、かつて熊本県芦北町にあった公立小学校です。閉校後は、民間事業者向けのサテライトオフィスとして活用されています。コワーキングスペースを備え、ワーケーションにも最適です。
辺田見(へたみ)若宮神社は、熊本県御船町にある神社です。御船町辺田見交差点近くにあり、阿蘇神社の流れをくんでいます。なまず伝説の伝わる神社であり、通しもん(としもん)という例大祭では、餅ではなく赤飯をお供えしています。
八代神社は、熊本県八代市にある神社です。八代市のお祭りとして有名な「八代妙見祭」は、八代神社の例大祭となります。明治時代になるまでは、妙見宮と称していたため、現在も「妙見さん」の愛称で親しまれています。
2020 年(令和2年)7月の熊本県南部豪雨による、球磨川水系の損害は夏目友人帳の聖地にも及びました。この記事は、被災から1年6か月たった2022年(令和4年)冬の復興状況をまとめたものです。
若宮キャンプ場は、熊本県宇城市にあるキャンプ場です。三角半島の先にある戸馳島へは、松橋インターチェンジから車で約 40 分で着きますので、手軽に島で海キャンプができます。島とはいっても戸馳島には橋が架かっていますのでご安心を。
大切畑(おおきりはた)ダムは、熊本県西原村にある、熊本県が管理するアースダムです。ダム湖である大切畑ため池は、もとを正すと江戸時代からあるかんがい用貯水池なのです。その堰として改修されたのが大切畑ダムです。
小田浦(こだのうら)小学校は、かつて熊本県芦北町にあった公立小学校です。最寄り駅は肥薩おれんじ鉄道の肥後田浦駅となります。学校当時に飼育していたニワトリの説明板が残っていますが、ネーミングセンスと絵心が秀逸です。
栖本(すもと)取訪神社は、熊本県天草市にある神社です。天草島原の乱の後、天草は天領(幕府の直轄地)となります。1645 年に初代代官として天草へ入った鈴木重成公が、天草全島の祈願所として、栖本城跡のふもとに建立したのが栖本諏訪神社です。
野釜分校は、かつて熊本県天草郡大矢野町にあった上小学校の分校です。野釜島は、大矢野島の西側に位置し有明海に浮かぶ小島ですが、1997年(平成9年)までは、島に小学校の分校がありました。現在は、野釜生涯学習センターとなっています。