紫波州崎城址 城山公園の宮崎仏舎利塔は伊東氏と島津氏の領有争いの地
紫波州崎(しばすざき)城址は、宮崎市の城山(じょうやま)公園として整備されています。主郭のあった場所には、宮崎仏舎利塔が建てられています。中世から戦国時代にかけて、伊東氏と島津氏の間で領有をめぐる攻防が激しかった城のひとつです。
紫波州崎(しばすざき)城址は、宮崎市の城山(じょうやま)公園として整備されています。主郭のあった場所には、宮崎仏舎利塔が建てられています。中世から戦国時代にかけて、伊東氏と島津氏の間で領有をめぐる攻防が激しかった城のひとつです。
米軍の本土進攻が予想される中、大戦中には南九州に防衛拠点として多くの基地が置かれています。沖縄に近い鹿児島県とともに、太平洋に面する宮崎県にも多くの軍事施設がつくられています。ただし、その遺構はすっかり数少なくなり、現在も残るものは貴重な歴史遺産となっています。
富土(ふと)のトトロというのは、宮崎県日南市にいるトトロのことです。富土の森バス停で、ネコバスを待っています。とはっても、実物ではありませんが、あまりのクオリティの高さから本当にネコバスが来そうな錯覚に陥ります。
ルピナスパークというのは、高鍋町と川南町にまたがる宮崎県農業科学公園の通称です。一帯には、宮崎県立農業大学校や農業研修センターが集まり、先端農業技術の一大集積地になっています。楽しく体験しながら農業を学ぶ場ですが、散歩するだけでもリフレッシュできます。
ママンマルシェというのは、宮崎県高鍋町にある物産品の販売所です。買い物目的の方だけでなく、休憩目的の方も訪れる複合施設となっています。「ゴボチ」というゴボウチップスをはじめとしたオリジナル製品の他、全国の簡単には手に入りにくい特産品が並べられています。
種雄牛(しゅゆうぎゅう)の慰霊碑というのは、宮崎県家畜改良事業団高鍋種雄牛センターのとなりにある雄牛のお墓です。2010年(平成22年)、口蹄疫により犠牲となった49頭が眠っています。輝かしい宮崎牛の成功の裏には、忘れてはいけない惨劇がありました。
宮崎市の市民の森は、阿波岐原(あわきがはら)森林公園の一角となります。阿波岐原は、日本神話にも登場する伝説の地です。しかし、パワースポットと心霊スポットは紙一重という専門家もいます。
金御岳(かねみだけ・472m)は、宮崎県都城市にある山です。頂上近くの駐車場までふるさと林道の2車線道路を車で登り、少しだけ歩いて階段を登ると、展望台からは都城盆地の大パノラマが広がっています。
米ノ山展望台は、宮崎県日向市の米ノ山(192m)の山頂にある展望台です。馬ヶ背やクルスの海がある日向岬の最高峰となります。西に日向市街、北に細島港、東から南には日向灘が見渡せる、意外と穴場?の絶景スポットです。
旧矢立隧道というのは、宮崎県三股町と日南市北郷町の境界にあるトンネルです。宮崎県では古くからトップクラスの有名な心霊スポットです。鰐塚山(わにつかやま・1,118m)の三股ルート登山口となっているため、現在も坑口まで行くことができます。
かつて日本の鉄道交通の主役だった蒸気機関車ですが、電車や気動車に置き換えられ姿を消しています。その大半が解体されていますが、現在でも保存されている車両があります。九州南部の貴重な保存車をたどってみました。
国立療養所宮崎病院附属看護学校というのは、かつて宮崎県川南町にあった国立専修学校です。国立病院の独法移行で閉校となっています。一帯は戦時中に陸軍の4連隊が駐屯し、軍都と化しました。空挺部隊の使っていた給水塔が残っています。