鶴御崎 九州本土最東端からながめる豊後水道と四国
鶴御崎(つるみさき)は、大分県佐伯市にある、九州最東端の岬です。1980年代までは陸の孤島で、船で行くしかありませんでしたが、現在は車で行くことができます。目印は鶴御埼灯台です。
廃墟、廃校、廃鉱山、廃工場など、遺構のタグ付き記事です。
鶴御崎(つるみさき)は、大分県佐伯市にある、九州最東端の岬です。1980年代までは陸の孤島で、船で行くしかありませんでしたが、現在は車で行くことができます。目印は鶴御埼灯台です。
女島海水浴場というのは、かつて熊本県芦北町にあった海水浴場です。現在はその存在をさがしても見つからない、幻の場所です。ずいぶん前の話になりますが、夏休みの子供会行事で訪れるのは、決まって女島海水浴場でした。
国見分校は、かつて熊本県芦北町にあった大野小学校の分校です。旧校区には現在も、昭和時代の山村の風景が残されています。閉校後、半世紀が経過しているにもかかわらず、校舎の一部が残されています。
南瀬(のうぜ)小学校は、かつて鹿児島県薩摩川内市にあった公立小学校です。現在は、イタックス南瀬トレーニングスクールとして使用される現役施設です。中身は変わっても外観は変わらず、小学校時代の校舎のままです。
黒石原飛行場は、かつて熊本県合志村(現在の合志市)にあった、日本陸軍の飛行場です。現在の陸上自衛隊黒石原演習場あたりのことで、戦中には周辺に軍施設が集積していました。
菊池飛行場というのは、かつて熊本県泗水町(現在の菊池市)にあった、旧日本陸軍の飛行場です。福岡県の太刀洗陸軍飛行学校の分教所が置かれ、飛行兵の訓練が行われていました。地元では、花房飛行場ともよばれています。
隈庄(くまのしょう)飛行場というのは、熊本県杉上村(現在の熊本市南区)にあった、旧日本陸軍の飛行場です。当初こそ航空機搭乗員を養成する教育隊が置かれましたが、戦局の悪化により実践部隊の基地として使われています。
ホテルフライトというのは、かつて熊本県人吉市にあったラブホテルです。国道221号線の旧道区間に現存してはいますが、もはやこの区間を利用する人はほぼおらず、時間の経過とともに人知れず朽ち始めています。
山野西小学校は、かつて鹿児島県伊佐市にあった公立小学校です。県境となる亀嶺峠以南が校区であり、校区内には小川内関所跡がありました。運動場の一角は牧場として利用されているのか、馬がいました。
ホテルイルパラッツオは、かつて熊本県水俣市にあったラブホテルです。1996年 (平成8年)ごろに開業したとウワサされ、2012年 (平成11年)ごろには廃業していたといわれていますが、現在もその姿は残されています。
上差尾(かみざしお)小学校というのは、かつて熊本県蘇陽町 (現在の山都町) にあった公立小学校です。跡地には学校当時の校舎こそ残っていませんが、随所にその片鱗が見られます。特に記念碑群を見ると、ここに学校があったのが一目瞭然です。
田代小学校は、かつて鹿児島県南九州市にあった、公立小学校です。ほとんどの学校設備は閉校時のまま美しく管理され、いまにも子供たちの声がきこえてきそうです。