戸崎ダム 小さな発電用水取水ダム
戸崎(とざき)ダムは、宮崎県児湯郡木城町大字石河内にある発電用ダムです。石河内地区は、小丸川水系に6つのダムを有します。水力王国「宮崎県」のなかでも、ダム密集地です。戸崎ダムは、きわめて小型のもので、満水となると流入量と同量が放水される全面越流方式です。
戸崎(とざき)ダムは、宮崎県児湯郡木城町大字石河内にある発電用ダムです。石河内地区は、小丸川水系に6つのダムを有します。水力王国「宮崎県」のなかでも、ダム密集地です。戸崎ダムは、きわめて小型のもので、満水となると流入量と同量が放水される全面越流方式です。
板谷(いたや)小学校は、かつて宮崎県児湯郡西米良村にあった村立小学校です。板谷小学校の校舎は、村の中心部である村所から5㎞ほどの、大王鶴という集落にあります。現在は、板谷地区の物置のような使われかたをしているようです。
岩井谷小学校は、かつて宮崎県西都市大字尾八重にあった、公立小学校です。マニアの間ではよく知られています。1987年(昭和62年)に閉校となった後は、キャンプ場として利用されていたようです。現在は、キャンプ施設としても老朽化したため、立入禁止となっています。
川原(かわばる)ダムは、宮崎県児湯郡木城町の石河内地区にあるダムです。とてもシンプルな構造になっています。ダム本体には、放水ゲートなど一切ありません。満水になるとダム本体を越水し、自動的に放流されるしくみです。目的も発電専用とシンプルです。
一ツ瀬小学校は、かつて宮崎県西都市大字中尾にあった公立小学校です。1962年(昭和37年)から、たった20年の間に、100名もの児童が減少しています。水没地の方が見たら、気を悪くされるかもしれませんが、ダムの水没地の苦悩がわかるような気がしました。
杉安ダムは、宮崎県西都市にある、九州電力が管理するダムです。すぐ上流にある一ツ瀬ダムとセットで運用されています。セットで建設されたためか、杉安ダムも一ツ瀬ダムと同じ、アーチ式ダムとなっています。小規模なダムで、アーチ式のものは、あまり見ることができないと思います。
小川小中学校は、かつて宮崎県児湯郡西米良村大字小川にあった村立学校です。小川城には幕末まで米良氏が居城していました。明治になり小川城の敷地内には、小川小学校が建てられています。閉校となったのは、1989年(平成元年)のことです。
一ツ瀬ダムは、宮崎県西都市にあるアーチ式ダムです。総貯水容量、湛水面積ともに、九州最大のダムとなります。全国で見ても第12位の大きさです。アーチ式ダムだけで比較すると、全国第2位となります。一般水力発電所としては、九州最大の出力を誇ります。
東光寺八幡神社は、熊本県球磨郡多良木町黒肥地のにある神社です。東光寺というのは、このあたりの地名です。地名は仏教寺院の東光寺にちなむものです。東光寺八幡宮は、仏教寺院の東光寺と関係するものではないと思われます。
東光寺というのは、本来は仏教寺院を指し、全国に同名の寺院があります。しかし、球磨郡で東光寺といえば、熊本県球磨郡多良木町大字黒肥地のなかの一地区を指します。1243年の相良家文書では、このあたりは東光寺村として表されています。
全国にある白鳥神社ですが、熊本県ではあまりみかけません。球磨郡で白鳥神社といえば、黒肥地のものくらいしか聞いたことがありません。地域的に見ると、中部地区や南東北に多く分布しているようです。黒肥地の白鳥神社は、鎌倉時代から鎮座の記録があります。
俣口分校は、かつて熊本県球磨郡球磨村大字一勝地の俣口地区にあった、一勝地第二小学校の分校です。俣口へ行くには、那良口から那良川をひたすらさかのぼります。俣口分校までも遠いのですが、さらに上流には遠原(とおばら)という集落があるというから驚きです。