祁答院町立轟小学校 宇都郷の住民によって守られた石塔群
轟(とどろ)小学校は、かつて鹿児島県薩摩川内市祁答院(けどういん)町にあった公立小学校です。旧祁答院町では、大村、轟の両小学校を大軣(だいごう)小学校に統合しています。近くの墓地には、原口方柱塔婆・千手観音菩薩などの観音像群があり、この地域の歴史が感じられます。
轟(とどろ)小学校は、かつて鹿児島県薩摩川内市祁答院(けどういん)町にあった公立小学校です。旧祁答院町では、大村、轟の両小学校を大軣(だいごう)小学校に統合しています。近くの墓地には、原口方柱塔婆・千手観音菩薩などの観音像群があり、この地域の歴史が感じられます。
大御神社(おおみじんじゃ)は、宮崎県日向市にある神社です。「日向のお伊勢さま」とよばれ親しまれています。なんといっても、特筆すべきはその景色です。日向灘沿いにある境内からは、太平洋が一望できます。ラグビーワールドカップ日本代表が必勝祈願をした神社として、話題になりました。
川内駅(せんだいえき)は、鹿児島県薩摩川内市にある、JR九州、JR貨物、肥薩おれんじ鉄道の駅です。2004年(平成16年)の九州新幹線開業にともなって、新駅舎になっています。2011 年(平成 23 年)の九州新幹線鹿児島ルート全通でさらに利便性が高まり、利用者が増加しました。
住吉池は、鹿児島県姶良市にあるカルデラ湖です。地元ではブラックバス釣りスポットとして知られています。古い昔から農業用ため池として開発され、伝説や史実が語り継がれエピソードが尽きないスポットです。市営のキャンプ場が併設されていて、観光地としても整備されています。
月讀神社(つくよみじんじゃ)は、桜島の総鎮守といわれています。全国に月讀神社はありますが、この記事は鹿児島県の桜島にある月讀神社について書いています。過去には噴火により遷座を余儀なくされていますが、いまや年間 200万人の観光客が訪れる、桜島の観光名所のひとつになっています。
特攻百二十一震洋隊細島基地跡は、宮崎県日向市にある戦争遺構です。全国にあった特別攻撃艇「震洋」の出撃基地のひとつとなります。近くに「黒田の家臣」「御鉾ヶ浦公園」「御鉾ヶ浦海水浴場」「御鉾ヶ浦公園キャンプ場」があるので、日向観光のついでに訪れるといいスポットです。
知覧城は、鹿児島県南九州市知覧町にある中世の山城です。現在もその痕跡を残す南九州の中世城の代表例として、評価の高い城跡となります。シラス土壌の浸食によってできた谷を空堀として利用し、4つの独立した曲輪に4つの城がありました。火災によって焼失した後は、再建されていません。
水俣病の根深い問題と正しい経緯は、やっぱり現地に行かないと感じ取れません。水俣病を断片的な情報だけでなく、全体像を正しく知りたいと思ったときは、水俣病資料館を訪れることをおススメします。水俣市の近代史を語るとき、良くも悪くもチッソがかかわってきます。
水俣駅は、熊本県水俣市にある肥薩おれんじ鉄道の駅です。2015年(平成27年)に駅舎を改装していて古さを感じません。かつては、鹿児島県の栗野駅を結んでいた山野線の起点駅でした。水俣駅の正面にあるのが、チッソ(現:JNC)水俣工場です。
薩摩永野駅は、かつて鹿児島県薩摩郡さつま町にあった国鉄宮之城線の駅です。近くに永野金山があり、大きな町であったため、宮之城~薩摩大口間の路線を結ぶ際、永野町を経由するように鉄道がつくられました。スイッチバック式の駅で、現在もシーサスクロスポイントが残されています。
観音滝公園は、鹿児島県薩摩郡さつま町にある観音滝周辺に整備された公園です。2019年(令和元年)から休園していましたが、2020年(令和2年)に再開しています。通年楽しめる観音滝リゾートとして整備されていて、滝以外にも見どころが用意されています。
永野金山は、かつて鹿児島県薩摩郡さつま町にあった金鉱山です。数百年続いた金山ですが、1965年(昭和 40年)に閉山しています。木造遺構は少なくなりましたが、石造やコンクリート造の遺構はまだ残っています。しかし、山間にある遺構は、すべてを自力では特定できませんでした。