四家小学校 工場としてリスタートした旧高城町最北の小学校
四家小学校は、かつて宮崎県都城市高城町にあった公立小学校です。現在は、晨星興産という会社の工場となっています。四家は旧高城町の北端にある、平家落人伝説の残る集落です。以前から学校の風情が残るうちに訪れようと思っていました。
四家小学校は、かつて宮崎県都城市高城町にあった公立小学校です。現在は、晨星興産という会社の工場となっています。四家は旧高城町の北端にある、平家落人伝説の残る集落です。以前から学校の風情が残るうちに訪れようと思っていました。
石打ダムは、熊本県宇城市三角町にある多目的ダムです。渇水明に深刻な水不足に見舞われる、三角地区の重要な水瓶です。ダム湖に降りやすいように、スロープと階段が整備され、バス釣りスポットとしても紹介されています。
越小場(こしこば)分校は、かつて熊本県水俣市にあった、久木野小学校の分校です。閉校後は越小場公民館となり、山村らしい平屋建ての木造校舎が素晴らしい状態で残されています。校庭や通学路の状態と、大きな閉校記念碑から地域の方が大事にしていることが一目でわかります。
長部田海床路(ながべたかいしょうろ)は、熊本県宇土市にある漁業をされる方の作業用道路です。住吉海岸公園から、海に向かって約1km続いています。潮が引いたとき現れ、満ちてくると沈む海床路と有明海の干潟が、独特の風景を生み出します。
紫尾(しび)小学校は、かつて鹿児島県薩摩郡さつま町にあった公立小学校です。正門前の歩道が公園になっていて、校内に入らなくても紫尾小学校の136年の歴史がわかるようになっています。現在残る校舎は木造の温かみを残しながらも、デザイン性にもこだわったいい感じの建物です。
郡浦(こおのうら)神社は、熊本県宇城市三角町にある神社です。肥後国の三の宮です。古くは蒲智比咩神社(かまちひめじんじゃ)と称した古社で、阿蘇四社の一つとしても挙げられる肥後国の有力神社です。
岩脇中学校は、宮崎県日向市大字平岩にある公立中学校です。2006年(平成 18 年)に、平岩小中学校としてして平岩小学校のあった場所へ移転しています。旧岩脇中学校は、移転前の姿を残します。生徒たちが登校しなくなった分寂しくはなりましたが、公共施設として活躍をはじめていました。
三角(みすみ)東港は、熊本県宇城市三角町にある港です。三角西港が旧港であるのに対し三角東港は新港であり、単に三角港という場合、三角東港を指します。まず目に入るのが、大きな巻き貝のような建物です。通称「海のピラミッド」とよばれ、三角東港だけでなく三角町のランドマークです。
南薩地域は、開聞岳と池田湖など大昔の火山活動によってできた特徴ある地形がみられます。と対照的な吹上浜の砂丘地帯など、変化に富む自然に恵まれています。東シナ海の海産物に恵まれ、内陸部の台地では温暖な気候を利用した農産物が育まれています。
蚊口浜は、宮崎県高鍋町にある海岸です。夏には海水浴場がオープンするほか、サーフポイントとして年間通じて人が集まります。蚊口浜公園は、大部分がキャンプ場として開放されています。管理人常駐ではありませんが、手入れが行き届いていました。
旧薩摩国の中心地鹿児島は、島津氏が本拠地とした町です。九州の南半分では最大の都市であり、昔も今も各地から情報と文化が集まります。同時に人と物も集まり、特産品の宝庫です。
三角(みすみ)西港は、熊本県宇城市三角町にある港です。現在、三角港といえば、新港である三角東港を指します。三角西港は、いわば三角旧港ということになります。明治時代に新港に役割を譲ったため、当時の姿をそのまま残しています。