郡山八幡神社 歴史に残る焼酎好きな大工の落書き
郡山八幡神社は、鹿児島県伊佐市にある神社です。「けちんぼ座主が焼酎も飲ません」という、焼酎落書きで有名です。1954年(昭和29年)に本殿の復元工事をした際、木片に書かれた大工の落書きがみつかりました。そのため愛称は「焼酎神社」となっています。
郡山八幡神社は、鹿児島県伊佐市にある神社です。「けちんぼ座主が焼酎も飲ません」という、焼酎落書きで有名です。1954年(昭和29年)に本殿の復元工事をした際、木片に書かれた大工の落書きがみつかりました。そのため愛称は「焼酎神社」となっています。
九州南部には、大戦終盤になると米軍の上陸作戦に備え、多くの軍事施設がつくられました。大隅半島には、終戦後75年を経過した現在も、その遺構が数多く残されています。遺構群は、我が国を守るために戦った戦没者や遺族の想いを振り返らせてくれます。そして何より、同じ悲劇を繰り返さないために活かされています。
野下小学校は、かつて鹿児島県薩摩川内市樋脇町にあった公立小学校です。市比野温泉と串木野市街の中間にある、野下地区の学校でした。藩政下には、木炭の産地として知られています。野下小学校は閉校後、ボーイスカウト鹿児島連盟の野営場となっています。
吾平鵜戸神社は、鹿児島県鹿屋市にある神社です。鵜芽草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の陵墓・吾平山上陵(あいらのやまのえのみささぎ)のある吾平町に鎮座します。上陵内にあった社が旧吾平町役場横へ遷ったのは明治時代初期のことです。
風車村は、かつて鹿児島県南さつま市坊津町にあったレジャー施設です。風光明媚な岬の突端に、大きなウォータースライダーを備えたリゾート感満載のプールと、ブルガリアのバズルジャを彷彿とさせる円形展望台が残されています。
四浦小学校は、かつて鹿児島県志布志市にあった公立小学校です。現在も閉校時の姿をほぼそのまま維持していて、山間に木造校舎が現存します。四浦地区は、志布志市志布志町の東北部にある集落です。訪れてみると、一見して過疎集落であるこがわかります。
飯倉神社は、鹿児島県南九州市川辺町にある神社です。現在も川辺町を代表する神社ですが、かつては川辺郷の総鎮守で規模が極めて宏大な大社でした。ご神木の「川辺のオオクス」をはじめとして、境内には古い石造物が多数あり、その歴史を感じることができます。
中岳(なかだけ) ダムは、鹿児島県曽於市末吉町にある、農業かんがい専用ダムです。曽於東部のシラス台地に、農業用水を送る目的で造られています。大淀川の最上流のダムです。大淀川といえば宮崎県のイメージが強いのですが、水源は鹿児島県曽於市になります。
熊本・宮崎・鹿児島の3県を同時に訪れることができるスポットをご存じでしょうか?それが熊本・宮崎・鹿児島の三県境です。まさに、九州南部究極のマイナースポットです。
ペガサス大浦というのは、かつて鹿児島県南さつま市大浦町にあったリゾート施設です。昭和の時代によく見られた、小型の遊園地的なレジャー施設でした。バブル景気の産物ですが、現在どうなっているのか気になっていたので訪れてみました。
溝ノ口洞穴は、鹿児島県曽於市にある洞穴です。その神秘的な雰囲気から、パワースポットとして注目されいます。奥行きが200mもある大きな洞穴で、火山活動によるシラスの堆積でできた岩を、地下水が永年かけて浸食したことで現在の形になっています。
山田小学校は、かつて鹿児島県薩摩川内市東郷町にあった、公立小学区です。全国に同名小学校が 29校あります。この記事は確摩川内市立山田小学校について書いています。校区の山田地区は薩摩川内市の北部の盆地に位置し、山にある田を意味する、ポピュラーな地形地名です。