串良航空基地 地下壕第一電信室

大隅半島の戦争遺構 本土決戦に向けて築かれた軍事施設群

先の太平洋戦争で、戦局が進むに連れて前線が近くなってきた鹿児島県には、多くの軍事施設がつくられました。

大隅はひとつ 正々堂々

なかでも、大隅半島に現在も残る戦争遺構を見てきたので、書き留めておきます。

岩川航空基地・芙蓉之塔

岩川航空基地 岩川飛行場跡の標柱

岩川海軍航空隊というのは、日本海軍の部隊です。

岩川航空基地 芙蓉の塔の標柱

大隅町(現在の曽於市大隅町)にあった、岩川飛行場を基地としていました。

芙蓉の塔 岩川航空基地跡

太平洋戦争末期になると、九州南部への空襲が激しくなってきました。

岩川海軍航空基地施設配置図

そこで、静岡県の藤枝海軍航空基地を本拠地にしていた第131航空隊・通称「芙蓉部隊」が配属されています。

岩川海軍航空基地 芙蓉部隊資料展示コーナーの案内看板

岩川飛行場からは「彗星」と「零戦」飛行機を主とする、夜間戦闘部隊が沖縄方面へ出撃しました。

岩川海軍航空基地 曽於市埋蔵文化財センター

芙蓉の塔というのは、岩川飛行場から飛び立った、戦没者のための慰霊碑です。

岩川航空基地 芙蓉の塔の由来

芙蓉の塔があるのは、航空機の発着地点だったあたりです。

岩川航空基地 滑走路跡

滑走路は芝生敷で、昼間は滑走路に刈草をかぶせ牛を放牧していました。

岩川航空基地 芙蓉の塔

建物や木は移動式にしていたため、終戦まで米軍に発見されることはありませんでした。

岩川航空基地 岩川飛行場跡
場所鹿児島県曽於市大隅町月野1946
駐車場あり・曽於市埋蔵文化財センター

四季の森トーチカ

四季の森トーチカ

四季の森トーチカは、本土決戦に備えて大崎町一帯につくられていた防衛陣地です。

四季の森

四季の森からは、志布志湾や鹿屋市方面を見張ることができ、陣地として適していました。

四季の森 説明板

展望所にある案内板では、ファームポンド周辺にトーチカが書いてあります。

四季の森 トーチカ

ファームポンドあたりをかなりさがしましたが、トーチカをみつけることができませんでした。

四季の森 トーチカ

実は、遊歩道沿いのトーチカはファームポンドよりずーっと先です。

訪れた日は、道を尋ねる人もおらずわからなかったので、次回、近くを通るとき寄ってみます。

場所鹿児島県曽於郡大崎町持留
駐車場あり・普通車6台

串良航空基地

串良航空基地 串良飛行場の滑走路跡
串良飛行場の滑走路跡

串良海軍航空基地は、鹿屋市串良町にあった串良航空隊の基地でした。

串良航空基地 平和公園入口

開隊当初は、練習航空隊に指定され、整備教育を担当していました。

串良航空基地 平和公園案内図

その後は、航空機搭乗員の練習生も入隊するようになります。

串良航空基地 串良航空隊の歌

そして、戦局が進むと特別攻撃隊の発進基地として使われるようになりました。

串良航空基地 串良航空隊の歌

平和公園

串良航空基地 串良平和公園

串良海軍航空基地の中核施設は、串良飛行場です。

串良航空基地

終戦後は農地に戻っていますが、2本あった滑走路の交差点に平和公園が整備されています。

串良航空基地 平和公園慰霊塔

公園には、串良飛行場を発進し殉職した英霊の慰霊碑が建てられています。

串良航空基地 平和公園慰霊塔

その数は以下の通りです。

特別攻撃隊363名
一般攻撃隊202名
合計565名
串良航空基地

串良航空隊では、約5000名の練習生が訓練を受けました。

串良航空基地

滑走路跡の脇には、串良基地に駐留した各隊所属者から寄贈された慰霊碑が並んでいます。

串良航空基地 平和公園
場所鹿児島県鹿屋市串良町有里4831-3
駐車場あり

串良基地地下壕第一電信室

串良航空基地 地下壕第一電信室

串良基地には、地下壕第一通信室が現在も残されています。

串良航空基地 地下壕第一電信室

ここは、串良基地から飛び立った特別攻撃隊員が、突撃前に送る電信を受信していました。

串良航空基地 地下壕第一電信室

地下壕の中を見学することができます。

串良航空基地 地下壕第一電信室
営業時間9:00~16:00
定休日年末年始
串良航空基地 地下壕第一電信室
場所鹿児島県鹿屋市串良町有里4963-2
駐車場バス用の駐車場ですが、空いていれば普通車も停めることができます。
串良航空基地 地下壕第一電信室 駐車場

内之浦砲台

内之浦砲台

内之浦砲台は、米軍の志布志湾上陸を阻止するため、内之浦町(現在の肝付町)にあった砲台です。

内之浦砲台

太平洋戦争終盤につくられたもので、大分県の豊予要塞に備えてあった塞砲が移されました。

内之浦砲台跡の説明板

一帯には、すくなくとも4つの砲台があったといわれています。

内之浦砲台 ふれあいパーク内之浦

国道448号線の砲台跡は、公園化されていて簡単に行くことができます。

場所鹿児島県肝属郡肝付町北方
駐車場あり・ふれあいパーク内之浦

海蔵集落の要塞

海蔵集落の要塞 海蔵バス停

海蔵集落の要塞は、内之浦砲台のひとつなのですが、少し山道を歩く必要があります。

海蔵集落の要塞

しかし、その分原形が残っていて戦中の姿がより想像しやすくなっています。

海蔵集落の要塞跡の説明板

山中に2連式のトーチカが残っています。

海蔵集落の要塞

砲口が向いていたのは、もちろん志布志湾です。

海蔵集落の要塞

こっちには、機関銃坐が残ります。

場所鹿児島県肝属肝付町北方2170-1
駐車場海蔵バス停から先は駐車場がなく、徒歩がおススメです。

笠ノ原航空基地

笠ノ原航空基地は、もともと鹿屋町営「笠野原飛行場」で、陸海軍共同で賃借していました。

笠ノ原航空基地

1922年(大正11年)からあった飛行場で、1936年(昭和11年)に完成した鹿屋飛行場より前からあった飛行場です。

笠ノ原航空基地 川東掩体壕

太平洋戦争開戦前に、空母機動部隊の艦載爆撃機が、真珠湾攻撃の訓練を行っています。

笠ノ原航空基地 川東掩体壕

1944年(昭和19年)からは、海軍航空基地として使われるようになりました。

笠ノ原航空基地 笠ノ原飛行場跡

終戦後は、そのほとんどが農地に転用されています。

笠ノ原航空基地 笠ノ原飛行場跡

笠ノ原基地地下道入口

笠ノ原航空基地 地下道入口

笠ノ原飛行場跡には、現在も農地が広がっていて、地下道入口も農地のなかに残されています。

笠ノ原航空基地 地下道入口

飛行場時代の地上施設は、米軍の爆撃でほぼ破壊されていたので、貴重な遺構となります。

笠ノ原航空基地 地下道入口

滑走路へ通じる地下道への入口であり、地下司令部への入口でした。

笠ノ原航空基地 地下道入口
場所鹿児島県鹿屋市笠之原町
駐車場なし・路上駐車になります。
笠ノ原航空基地 地下道入口の説明板

川東掩体壕

笠ノ原航空基地 川東掩体壕

掩体壕(ていたいごう)というのは、敵機の空襲から飛行機を守るために作られた格納庫のことです。

笠ノ原航空基地 川東掩体壕

川東掩体壕は、笠ノ原航空基地に配備されていた、零式艦上戦闘機などを収めていました。

笠ノ原航空基地 川東掩体壕
場所鹿児島県鹿屋市川東町8206-5
駐車場あり・バス3台、普通車3台
笠ノ原航空基地 川東掩体壕の説明板

鹿屋航空基地

鹿屋航空基地

鹿屋航空基地は、現在は海上自衛隊の基地になっています。

鹿屋航空基地

したがって、一般の人は入ることができませんが、併設された史料館を見学することができます。

場所 鹿児島県鹿屋市西原3丁目11-2
駐車場あり

小塚公園

小塚公園

小塚公園は、旧鹿屋航空基地を見下ろす小塚丘につくられた公園です。

小塚公園

鹿屋飛行場は太平洋戦争終盤には、特別攻撃隊の中心的な発進基地でした。

小塚公園の慰霊塔

小塚公園の慰霊塔は、鹿屋航空基地を発進した特別攻撃隊の戦没者908名を慰霊するものです。

小塚公園
場所鹿児島県鹿屋市今坂町12560
駐車場あり・普通車11台

田崎掩体壕

鹿屋航空基地 田崎掩体壕

田崎掩体壕は、鹿屋飛行場の南側に残っている掩体壕です。

鹿屋航空基地 田崎掩体壕

農地の中にあり、近くで見ることはできません。

鹿屋航空基地 田崎掩体壕

しかし、農道から見学することができます。

鹿屋航空基地 田崎掩体壕
場所鹿児島県鹿屋市田崎町
駐車場なし・農道に停めました。

野里国民学校・桜花の碑

鹿屋航空基地 桜花の碑

桜花というのは、特別攻撃専用の1人乗り小型航空機のことです。

特別攻撃専用航空機「桜花」
桜花 (航空機) Wikipedia

機首部に大型の徹甲弾を載せて、敵艦船へ体当たりする兵器です。

鹿屋航空基地 桜花の碑説明板

鹿屋基地の桜花による特別攻撃部隊は、「神雷部隊」といい、野里国民学校を宿舎としていました。

鹿屋航空基地 野里国民学校跡の説明板

桜花の碑が建てられたのは、野里国民学校の跡地です。

鹿屋航空基地 野里国民学校の国旗掲揚台

野里国民学校の、国旗掲揚台の基礎部分が残っています。

鹿屋航空基地 野里国民学校の国旗掲揚台
1945年(昭和20年)の野里国民学校 写真右端が国旗掲揚台
鹿屋航空基地 野里国民学校の国旗掲揚台

なお、野里国民学校の国旗掲揚台の上部は、鹿屋航空基地史料館の敷地に移設されています。

鹿屋航空基地 野里国民学校の国旗掲揚台
場所鹿児島県鹿屋市野里町
駐車場あり・バス3台、普通車5台
鹿屋航空基地 桜花の碑・野里国民学校 駐車場

高須トーチカ

高須トーチカ

高須トーチカというのは、米軍の本土上陸に備えて、鹿屋市高須町につくられた防衛陣地です。

高須トーチカ 高須海水浴場

高須海水浴場の北側の海岸に、自然の岩盤をくり抜いたトーチカが残っています。

高須トーチカ

監視窓が見据えるのは、海岸です。

高須トーチカ

本土決戦があれば、ここで米軍の上陸部隊を迎え撃つはずでした。

場所鹿児島県鹿屋市高須町
駐車場なし・高須公民館に停めさせてもらいました
高須トーチカ

まとめ

海蔵集落の要塞跡
海蔵集落の要塞跡

九州南部には、大戦終盤になると米軍の上陸作戦に備え、多くの軍事施設がつくられました。

鹿屋航空基地史料館
鹿屋航空基地史料館

終戦後75年を経過した現在も、その遺構が数多く残されています。

串良航空基地 地下壕第一電信室
串良航空基地 地下壕第一電信室

遺構群は、我が国を守るために戦った戦没者や遺族の想いを振り返らせてくれます。

桜花の碑
桜花の碑

そして何より、同じ悲劇を繰り返さないために活かされています。

野里国民学校
野里国民学校跡

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