鹿屋市鉄道記念館

鹿屋市鉄道記念館 国鉄大隅線の歴史を伝える鹿屋驛

鹿屋市鉄道記念館は、鹿児島県の国鉄鹿屋駅跡にある鉄道記念館です。

鹿屋市鉄道記念館 玄関

1987年(昭和62年)に廃線となった、旧国鉄大隅線の歴史を今に伝えています。

大隅鉄道「鹿屋驛(えき)」

大隅鉄道「鹿屋驛(えき)」というのは、鹿屋市鉄道記念館のサブタイトルです。

鹿屋市鉄道記念館

鹿屋市鉄道記念館は、鹿屋市役所の南端にあります。

旧鹿屋駅でいっても、構内の南端に位置しています。

鹿屋市役所

車は鹿屋市役所に停めさせてもらいました。

鹿屋市鉄道記念館 内部

たくさんの鉄道遺物が展示されています。

キハ20 441

市役所の反対側にホームがあります。

キハ20 441 前面

停車しているのは、キハ20型気動車の441号機です。

キハ20 441 内部

441号機は、1961年(昭和36年)日本車輌製です。

キハ20 441 内部

国鉄の車両、こんな感じでした。

C55 52

写真もたくさんありますので、お好きな方はとても楽しめると思います。

開館時間午前9:00 ~ 午後4:30
休館日月曜日(祝日の場合は翌日)
入館料無料
場所鹿屋市共栄町20-2

国鉄鹿屋駅

鉄道駅としての鹿屋駅は、1915年(大正4年)開業です。

C11 149

当初は、鹿屋~古江間の10㎞に満たない営業区間でした。

昔の鹿屋駅

鹿屋は大隅半島の中心都市です。

鉄道は、鹿屋を海岸と結び、航路に連絡して鹿児島市へつなげることを目的としていました。

旧鹿屋駅の駅名標

大隅線はまず内陸方面へ延伸していきます。

中間駅となった鹿屋駅は、折り返し運転をする構造となります。

鹿屋駅周辺の変遷図
鹿屋駅周辺の変遷

1938年(昭和13年)には、志布志駅から古江駅間が開通、国鉄古江線となりました。

このとき、鹿屋駅は移転改良工事を行い、折り返し運転は解消されています。

昔の鹿屋驛

1987年(昭和62年)大隅線が全線廃止されたことにより、鹿屋駅も廃駅となっています。

鹿屋市役所

現在の鹿屋駅跡は、鹿屋市役所となっています。

鹿屋市鉄道記念館

鹿屋駅跡の隅に、鹿屋市鉄道記念館が建てられています。

鹿屋市鉄道記念館の展示車両
キハ20 441型

キハ20 441の乗るレールは、旧大隅線の線路とは違います。

自転車歩行者専用道路
サンロード鹿屋

自転車歩行者専用道路、通称「サンロード鹿屋」が旧大隅線です。

サンロード鹿屋入り口から見たキハ20 441

つまり、本当の大隅線と記念館の線路の向きとは、ほぼ90度ずれています。

国鉄大隅線

古江以北の延伸は戦後となります。

日本国有鉄道大隅線路線図
日本国有鉄道大隅線(1987年廃止)の路線図

1972年(昭和47年)に国分まで開業し全通します。

鹿屋駅運賃表

同時に線名を大隅線に改めています。

大隅線ののぼり時刻表

しかし、大隅線は開通当初より利用が低迷します。

大隅線のくだり時刻表

開通の遅れた古江 – 国分間では、既に自動車を中心にした交通が確立していました。

大隅線の展示物

志布志から、国分へ行くには、遠回りする鉄道よりも自動車のほうが早かったといいます。

さようなら大隅線の旅
大隅半島一周号のプレート

さらに、鹿屋から鹿児島市へ行くにも、垂水からフェリーで行くルートの方が、早くて安かったといわれています。

さようなら大隅線 プレート

大隅線は、県庁所在地である鹿児島方面へ近付くほど列車は少なくなり、県庁所在地から遠ざかる、志布志に向かうに従い本数が多くなる異色のダイヤとなります。

鹿屋市鉄道記念館 館内

全通からわずか12年、1984年には、第2次特定地方交通線として廃止が承認されます。

1987年(昭和62年)に全線廃線となっています。

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